日本でもプラセンタ(胎盤)は、機能改善薬として
医療現場でプラセンタ療法として使用されています。
このプラセンタ(胎盤)は、すでに紀元前から薬として用いられてきたことが
世界各国の文献から分かっています。

滋養強壮の万能漢方薬として、中国
の唐の時代(618年〜907年)の漢
方医学書『本草拾遺』や明の時代
(1368年〜1644年)の『本草網目』
に紹介されています。
この『本草網目』では、「紫河車(しか
しゃ)」の名前で記載されており、楊
貴妃も服用していたようです。
江戸時代の日本でも漢方薬で有名な加賀の3大秘薬のひとつといわれた混
元丹には、この「紫河車」が含まれていました。
現在でも、漢方に欠かせない薬です。
その他では、秦の始皇帝(紀元前259年〜紀元前210年)が不老不死の妙
薬として用いたことや西洋医学の父ヒポクラテスが治療に利用していたといわ
れています。
マリーアントワネットやクレオパトラも若返りとして愛用したようです。
1930年代、旧ソ連・医科大学教授のフィラートフ博士は、「組織療法」に
プラセンタを使用したことで、プラセンタが再び脚光を浴びることとなりました。
博士は、「プラセンタは、全身の機能を活発にするばかりでなく、
病体部分の治癒を促進する作用に優れる」と報告しています。
■日本では・・・
日本では、1950年に「組織療法」を研究していた医師たちにより
『組織療法研究所』が設立されました。

彼らは、プラセンタエキスの注射液の開発と
同時に、1956年『メルスモン製薬株式会社』
を発足させました。
そして、国から医薬品の認可も得て、更年期
障害と乳汁分泌不全の注射薬【メルスモン】
の製造・販売がスタート。
これ以外で、「組織療法」を日本に広めたのが、稗田憲太郎博士です。
稗田博士は、満州医大の教授でしたが、第二次世界大戦後の中国で、
「組織療法」と出会います。帰国後、プラセンタの研究に情熱を傾けます。

そして冷蔵したプラセンタから抽出したエキス
を活用する「冷蔵胎盤漿液療法」の開発に成
功。その後、1959年に稗田博士の研究に基
づくプラセンタエキスの注射薬【ラエンネック】
(現在は肝機能改善の医薬品として、
厚生労働省から認可)が発売されました。
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